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突然ですが、ブログアドレスを引っ越しました。
続けてご覧になりたい方はお店のポーチ ド ポッチ のブログよりお入り下さい。 ご迷惑をおかけします。 http://www13.ocn.ne.jp/~potchi/ppjunction_.html ![]() 先日、片付け物をしていて古い書が出てきました。 「一日一善」 現代人には実につまらない、子供の頃に祖父母から散々聞かされた格言です。 数十年前、我が家を新築した時の御祝いとし祖父が書いた、和室の鴨居等に掛けるーー表装額なんです。 これが家に届いた時は祖父の実直な人柄を思い、家族で苦笑してしまった思い出があります。 どうする? 家族が顔を見合わせて、、、結局は有難く客間の鴨居に鎮座していましたがー。 何時の間にか外されて、納戸に隠れていました。 古ぼけた額を見ながら、再び母と「どうする?」を繰り返してしまいましたが、何て言うかーー「一日一善」こんな格言が妙に新しく感じてしまったのは、私がそんな歳だからでしょうか。 今はもう、学校の先生も、誰もそんな事を言わないわよねー。 結局捨てる事もできず、額はまた元の場所へ。 万事こんな調子で、結局は片付かない家なんですよ、マッタク。 「雷や祖父から届く一行書」 と俳句に作って投稿しましたら、先生から◎を戴いちゃいました。 下記は一応この半年に◎を戴いた句の記録、半年ぐらいでこれたけ。 新しいスタイルも試みてはいるのですが、私の能力では全くもって難しい。。。 諸先生方は口を揃えておっしゃるーー「山の様に作って、捨てる、これが上達の道。」だそうですが、凡人の悲しさで捨てる程には作れないって! 季節に合致した「季語」を付けるってのか初級的道ですが、季語を入れれば良いってモンでもないしー。津波地震の句は特に難しく、感情で作ると俳諧味がない、と却下されちゃいました。 これはきっと皆さん同じで、臨場感あり過ぎは俳句ではダメらしい。 きっと数年後に誰かの「名句」ってのが出るんだろうな。 雪達磨いろは唱えて生まるかな ひと匙の眠りを掬い葛湯かな 梔や閉じたままなる母の家 薔薇の香やお一人様にフルコース 初夏や走って抜ける他所の庭 よく喋り鳥は何色明け易し 藤椅子や昼のニュースを消してより ほこりして父の匂いの白雨かな トムソーヤ中洲へ急ぐ夏休み 画像;福島県郡山付近の日没、車窓から 晩ご飯;鰹の刺身、もやしと韮炒め、冷や奴、漬け物、蜆の味噌汁 # by ppjunction | 2011-08-09 23:03
自衛隊の皆様、ありがとうございました。
7月末迄に総べての任務を終えて、三陸から引き揚げて行かれました。 自動車のプレートを読むと、こんなに色んな県から助けに来てくださったんだと思うと共に こんなに全国に駐屯地があるのか、とも思ってしまいました。 ともかく現地では見送りの際、感謝の拍手が鳴り止まなかった様です。 交代するように学生ボランティアが続々と来てくれています。 危険な事は頼めないので、主に泥さらいとか、土砂運びの労働だそうです。 女性の参加も多いらしい。 でもねー、ボランティアの世話人をしている知人の話しでは、学生さんは労働をする身体の訓練をしていないから、ギックリ腰や怪我をする人が続出で、こんな人の世話もなかなか大変らしい。 怪我の治療費は世話人が面倒みなくちゃいけないしね。 出かける人は、万一に備えて保険証を持参した方が良さそうだよ。 それと、靴が薄底のスニーカーじゃどうかなあ〜。 なにしろガラスとか破片が凄いので、自転車もすぐパンクするそうです。 本当なら、自衛隊が履いている様な、特殊な靴が良いんだろうけどねー。 いっそ、地下足袋ってのはどうだろうか? ともかく、熱い気持で来てくれているのだから、めいっぱい新しい経験をして、無事に帰ってほしいです。 ![]() カリカリトーストにオリーブ油を付けて、トマトを乗せただけのシンプルさ。 イタリアの方はホークの背でトマトを潰しながら、ワインで召し上がっていた。 あちこちのテーブルにこのお皿が出ていて、あれはナンだろうと興味津々で頼んだら、実に単純な一皿でした。でもこのシンプルさで、トマトが、ワインが美味しかった! ワインは無しでも美味しい。 振り掛ける塩と、トマトを選ぶ事がミソかしらね。 バジルやガーリックオイルにしても良いと思う。 なんだか病みつきになってます。 晩ご飯;コロッケ(冷凍)、千切りキャベツ、アスパラと根曲り竹の子のバター炒め、若布の味噌汁 # by ppjunction | 2011-08-04 23:36
![]() テレビの情報では福島県沖でしたから、津波と原発が気になってしばらく寝付けませんでしたが、大丈夫そうですね。 今日は月末恒例の、20リットルのポリ容器に保管している水を交換し、非常持ち出しの食料とかもチェックしたところ。また、何時来るのか解らない天災ってのに備えておかないと、。 買い足さないといけない物のリスト;蝋燭、懐中電灯の電池、ラジオの電池、母のウオーキング靴(最近足が浮腫んでしまって、今迄の靴が痛いらしい)、風邪とか胃薬の家庭保管置き、夏場はアイスノンが必要かな、簡単な携帯ナイフ(多分災害時には、あると鋏よりも何かと便利)等々、、。 津波の後、三陸の方面で「みんなてんでんこ」って言い伝えがあると聞きました。 「てんでんこ」は子供の言葉で「てんでんバラバラなんだよ。」って事です。 津波が来たら、その場から大急ぎで高台へ逃げろ。 親兄弟の安否を考えるな、各々が自力で逃げるんだよ、って言う子供への教訓だそうです。 家へ戻ったりする事がーー親を探す事が一番危険だって事なのよね。 これは今回の事で大人も同じく教訓になりました。 何かを取りに戻ったり、誰かを迎えに行って命を落とした方々が多すぎました。 それから「老人は横着でイカン!」と言った老人の言葉が印象的でしたね。 大した事はなかろうと、動かない人達は本当に困る。 「横着者(おうちゃくもの)!」、久々に聞いたスカットした言葉です。 そしてもしも、大きな地震がきてーー避難する必要がないならーーまず水道が出る様でしたらバケツに水の確保、そして電気がきてる様なら急いでご飯を炊きなさい、って教わりました。私の地区も水道は2日間大丈夫だったので安心していたら、突然一月近くストップしてしまいましたから。 家の備蓄が永久に無駄になる事を祈って、おやすみなさい。 画像;広瀬川河畔の散歩道 晩ご飯;鰹の刺身、加茂茄の田楽、切り干しの煮物、紫蘇トマト、根曲がり竹の味噌汁 # by ppjunction | 2011-07-31 23:18
![]() と、言っても、この10日間、毎晩更新したくてアクセスしたのに、Exciteラインが一杯で、私のバカチョンPCでは何かが足りないのか、入室すらままならい状態でしてーー。 やっと今晩このブログに入れたところです。 毎年の事なんですが、夏休みが始まる頃になると殺到するらしくて更新すらままならないのよ。 まあ、PP Junctionnにいらっしゃる方は平均で日に14、5人と、Exciteには何の貢献もしてないんですけから、文句は言えないんですけどねー。 ともかく、指を運んで下さった方々、申し訳ありませんです。 また時々、8月末まで入室不可能状態になると思います。 その時は私がサボっている訳じゃなくて、、御理解下さい。 このブログ不通の間に盛り沢山の事がありました。 撫子、原田芳雄の突然の訃報、私事ですが、家族の引っ越しの手伝いで東京出張、我が家の内装工事、等。 原田芳雄はメチャショック!そんなバカなあ〜! 家族の誰かがいなくなった感じがします。 思い返せば原田芳雄って俳優を知ったのは、彼が未だ俳優座所属の頃の「コーカサスの白墨の輪」っていうロシアの演劇。コムズカシイ演劇でね、訳も解らずに観たなあ〜。 彼はチョイ役だったけどーー妙に痺れたのよね。 だみ声なのに、彼の台詞廻しって、かなり独特の雰囲気があったのよね。 映画も色々と観たけど、忘れられないのは「龍馬暗殺」と「祭りの準備」かな。 「祭りの準備」はビデオが出始めた頃、もう一度観たくてビデオ屋注文したら、こんなマイナーな映画を注文する人がいないって事で、私の注文に一本作るって事になって、物凄〜〜く 高額だった記憶があります。観たいって人はメール下さい。お貸し致します!(VHS) もし、観た人がいらしたら、きっとあの「トシちゃん」がイイ!って気持が解ってくれると思うけど。。。「バンザーイ!」のトシちゃんが、目に焼き付いてる。 ヨシオちゃ〜〜ん、またね〜。 我が家も母の念願だった改装が昨日で終り、真っ白な部屋になりました。 母はこのところ、すっかり典型的な老人になってしまった感じがします。 あまり体も廻りませんし、頭もすっかり86才です。 私も家具を動かしたり、まだまだ未整理の雑多の種分け作業で、すっかりお疲れ様状態。 今は未だ他人の家にいるみたいで落ち着きませんが、母は喜んでるみたいー。 書きたい事、一杯あったのに今日はこのくらいで。 画像はぼちぼち作っている「針刺し」。 中身は近くの喫茶店でコーヒーカス。 干して、ミシンオイルを足して、綿袋に入れて、結構手間がかかるのよ。 表生地はシルク100%のタフタに小さなタッセルを付けました。 かなりの数ができそうです。 # by ppjunction | 2011-07-25 23:54
![]() まぁー、若い方にはチンプンカンよね。 母のお気に入りの寝巻きなんですけど、今も和装売り場なら必ず置いてあるはず。 これが、外国人のお土産に最適なんだそうですよ。 あちらの方はバスローブに使われる様なんですが。 オーストラリア人の23、4才の女性から「こういう物、何処か安く買える店を知らない?」って 日本語と英語で、絵まで描いて説明してくれるんですが、 最初は浴衣かと思ったら、違うって、、、何?それ?って感じで よくよく聞いて辿り付いたのが日本の商品名「ガーゼの寝巻き」でした。 休暇で帰国する時のお土産にしたいってことでした。 こんなに気持が良いバスローブは他に無い!、そうです。 何で日本人は着ないの?って、逆に不思議がられました。 その時は安売りしている店なんて、私には思い付かず、結局彼女は下町の和装店迄行ってかなりの数を買った様でした。その殆どが日本人には「男物」の柄揃えでしたし、外人さんの着丈にしては袖も短いしーー大丈夫?って聞いたら、「短い方がバスローブには楽」なんだそうです。 ナル程ね〜、眼から鱗でした。 そのガーゼも最近の物は何かが混紡らしく、昔の様な気持が良い物がない、と母は嘆いております。 クタクタになった物程、肌ざわりが良いそうでーーもうヨレヨレなんですけどね。 こう暑くなって来ると、どうすれば快適に過ごすか知恵を絞ってもどうにもならないです。 仙台ではめったに使わない冷房ですが、先日の猛暑日に、止めるのも聞かず飛出して、クタクタになって帰った母の為に1時間程使ってしまいました。 私は早くも夏バテで、風邪を引きまして3日程寝込みました。 微熱でしたが、お腹に来る質の風邪らしく、うんうん唸る程痛かった! 皆様、気を抜かないでね。 画像;久々に「お一人様ランチ」は魚介類のパスタ 晩ご飯;鰈の塩焼き、青菜の白和え、人参のタラコ炒め、ラッキョ、蜆汁 # by ppjunction | 2011-07-02 22:54
宮城県の県民に頼りにされている地元新聞は「河北新報」。
3月11日以後は地元一番の情報誌で、しばらく津波に遭遇した人達の実録コラムが暫く掲載されていていましたが、それは何時かまとまって一冊になったら立派な記録集になるだろうノンフィクションの連載でした。 記憶に残る ある女子高生の話です。 母親と二人で車で避難中、細い道は車が繋がって身動きが取れない。 津波が後ろから押し寄せて来るのが見えて、もうダメだ!と観念したところ 頭の上から「上がれ!上がれ〜!二階サ上がれ〜!」って声が聞こえた。 見上げると脇の家の二階のベランダから男性が叫んでいる。 それで周辺にいた人達と、その家の階段を土足で駆け上がった途端、 浪が家の一階に激突。 ベランダから下を見ると、間に合わなかった4、5人がフェンスにしがみ付いている。 赤ん坊を片手に抱いてる女性もいる。 それで二階へ避難した人達でカーテンを繋ぎロープを作り、その先にスポーツバッグを下げて、まずはその中に赤ちゃんを入れて救出。 それからフェンスの皆を順番に二階に吊り上げた、そうです。 「私が一番若かったので」女子高生が先頭になって、それをやり遂げたとか。 その家は一階の浸水だけで収まったそうで、水が引きはじめて救助が来る迄、 ずぶ濡れの人達もそこの家でナンとか生き延びました。 女子高生は夢中でやった事ですが、数カ月経っても、赤ちゃんを吊り上げた時バランスが上手く取れなかった緊張感と、津波の恐怖が抜けないで、思い出すと今も体が震えるそうです。 こんな状況の高校生はきっと山といるんだろうなあ〜。 助かっても、助けられても、助けても、この恐怖感は皆が抱えたままで生きて行くしかないんだろうー。 被災地も本格的に精神的なケアが必要な頃です。 私もポーチを持って避難所廻りをしていた時、やり場の無い怒りをぶつけて来た女性に会いましたがー、今どうしているんだろう。その時はただ一緒に泣いて、ハグするしかなくて、私は自分が情けなかった。 自然の力の前では、人間なんて本当さぁ、本当に情けない存在なんだね。 晩ご飯;甘エビの刺身、メカブの生姜醤油、肉じゃが、ナメコの味噌汁 ![]() でも10代の頃の私はそういう名前の枕があるんだろう、と思っていました。 眠ったら善い夢しか見ないってキャッチフレーズの枕があるのか、と思ってました。 大地震の後の数日後、俗に亡くなった人が「夢枕に立つ」って話が私にもありました。 50才で逝った私の古い友人ですがー、何時もジーパン一辺倒だった彼女が、白いワンピースに黒の衿だか、ラインだかがある優雅な服装で立ってるから、私は「えー、綺麗だよ〜! xxちゃん、そうゆう格好の方があんた似合うよ!」って言ったら「そうでしょ!綺麗でしょ?! XXさー(私の事)私ね、本当はこんな格好がしたかったんだぁ。」って。 そして「XXさー(私の事)、あんた大丈夫らから、ガンバンなねー。」 続けて父がまるで証明書写真でも撮る様に、目の前に座っていたのですが、ツウィード風のスーツにソフト帽を被っているの。「お父さん、素敵だよ、お洒落になったね〜。」って声をかけたのですが、「うん。」だけでムッツリしている。 そして「もう少しがんばってみたらどうか、おまえならできるだろう、。」って言うのよね。 だから「うん、ガンバル。。。」って答えたのですがー。 それっきりです。 もっと二人には聞きたい事や、父には相談したい事があったのに、なんで「あら、素敵!」なんて服装の事しか話さなかったんだろうーー。 それにどうせなら、もっと早く、地震の前日あたりに「気を付けて!」信号でお出でになってくれたら有難いのですがー。 画像;は雨上がりのペンペン草。雨粒が綺麗でした。 晩ご飯;トンカツ、キャベツの千切り、ワラビのお浸し、お漬け物各種、茄の味噌汁 # by ppjunction | 2011-06-16 22:49
![]() 私の周りの仙台市民は、各々が自分にできる支援を考えて行動した3ヵ月でもありました。 被災した知人親戚の世話に明け暮れた人や、知り合い喫茶店のオーナーは、ともかく閉じこもりがちな人との交流の場を提供しようと、¥100コーヒーを未だに続けているし、こんな時は笑いだよと、落語の映画会を企画した人も。 前にも紹介した、偶然知り合い私のバッグも展示販売して下さっている、ほぼ開店休業中の骨董屋さんのオーナーは、東京の60件の大学へ3泊4日の夏休み震災津波ボランティアを募集し、大手バス会社に渡りを付け格安で学生を運んでもらうって交渉を成立させました。 もう既に500人以上の学生から応募が来たそうです。 そして、女川、気仙沼周辺を拠点にすべく、街側と宿泊場所(地面)や仮設トイレの確保に交渉に奔走しています。 が、ここで思わぬ事態。 国会議員のA先生から「余計な手出しはするな。」と横槍が入ったそうな。 「売名行為だ!」とも言われたそうだけどー、売名する程の名前とか肩書とか、誰か持ってたっけ?ー。どんな世にも、誰かが頑張ると必ず頭を打ちに来る人っているけどね。 NPOでもXX団体でもないし、言ってみれば一介のボランティア人だしー。 一介の市民のやるボランティア活動が、代議士先生には目障だって事らしい。 想像するに、「僕の名前でやらせろ、、。」って事だろうな。 代議士先生が売名するのにちょうど良い企画だった、って事よ。 ヤナコッタ! 日本の政治家って、なんでこうも貧しいのかなあ〜。 画像;すっかり放ってあったHPも少し商品を増やしました。 画像のバッグは有難い事に早々にお嫁入りしてしまいましたが、、。 お時間があったこちら迄→ http://www13.ocn.ne.jp/~potchi/ 晩ご飯;鮭の塩焼き、納豆の大根おろし和え、もやしとパプリカ炒め、冷や奴、鯛の澄まし汁 # by ppjunction | 2011-06-11 23:38
![]() 久々に布団カバーや綿毛布の大洗濯をして、お布団も干したら、やっぱり気持がいい〜〜。 幸せって、こんな日々が続く事なのかもね〜。 大洗濯をして、呑気に花を植え替えていたら、撮影をする日差しが遠のいてしまいました。 大急ぎでポーチ2種だけは済ませました。 明日もお天気!だ!バッグの撮影をしよう。 原発に今さら怒っても、マイクロシーベルトを調べても、私は此処か関東でしか、生きれないかもしれないから(香港やノルウエーの通年シーベルと、仙台の今の空は同じ数値だそうで、、それって、、どういう事?、、なんだろう?)縫いたい物は全部縫って、やりたい事は全部やって、綺麗さっぱり旅立ちたいなあ〜、って気分。 愚痴ってても幸せにはならないよね。 晩ご飯:鰺の開、ワラビの叩き、茹でキャベツと豚肉の鰹節和え、豆腐の味噌汁 # by ppjunction | 2011-06-06 23:08
![]() 仕事に精出さなくちゃ、もう夏ですものね〜。 ともかく夏のパッとした明るい物を作りたいです。 毎年春夏物と冬物系の生地を押し入れの段ボールから、部屋の引き出しに入れ替える作業をする度に、心に引っ掛かる生地があるのですがーー今年こそ形にしてしまいましょう。 画像は何年か前に、プリントが絵画の様で面白いのでそのまま生かしたいと思い、大きめのフラットバッグを作ったのですが、その後そのままにしてしまった生地です。 今年の夏は、綺麗なモスリンの様な花柄が流行しているみたいなので、丁度良いかな。 ふッくら型にしようと思ってます。 白地は敬遠されるけど、私も同じ生地をここ3ー4年、毎年使い続けていて、毎年洗濯しているのですが今年もまだ現役です。 お洗濯は固形石鹸と歯ブラシ使用が一番ラクチンですね。 乾いて真っ白になると、これがまた嬉しいのよ。 晩ご飯:鮭の塩焼き、春雨のサラダ、がんもどきの煮物、胡瓜の梅叩き、若布の味噌汁 # by ppjunction | 2011-05-29 23:26
![]() こんな事は私が考えても、ハンドメイドのブログで書く事でもないのは分っているのですがー。 理解できないと一歩も先へ進めないような気がする。 こんな途方も無い事故が起きる迄、私は考えた事もなかったのよね。 炉の中で小さい核爆発を起こしてエネルギーを電気に変えるーーって理解で良いんだろうか? つまり炉の中では何年も休まず核爆発が起きていた、って事なんだよねー。 よく聞く『プルサーマル』って核燃料灰の再利用だって? それってリサイクルだと聞けば、フ−ン?と思ったら、実は長年フランスが日本の「灰」を買い取って軍事核兵器を製造していたのが、世界的に兵器の需要が減って、フランスでさえ灰が満杯で日本の灰は買い取り停止になってしまった。 青森県の六ヶ所村が日本の原発から出る灰の捨て場所にされていたのだけど、そこも既に満杯状態で仕方なく再利用せざる得ない、って事らしい。それであの鮪の町「大間」に新しいプルサーマル型原発建設を急いでいる。 この私のあちこちの情報から引っ張り出して来た理解は、合ってるだろうか? 静岡県の浜岡原発の停止を発表した後、この大惨事に及んでも浜岡原発がある御前崎市の市長が政府の停止命令に抗議するってテレビを観たけど、それで本当に良いんですかァ〜? なんか信じられないだけど〜!。 原発に依存して生きてきた町なんだから、原発を止められたら町が今迄通り成とはならないのは当然だけど、本当にそれで市民も後悔はないのだろうかーー? 1983年当時に、「原発もんじゅ」で有名な敦賀市長が「原発推進の講演会」で語った講話だけどーー『原発誘地のお陰で、市が如何に簡単に年間何億ものお金を手に入れたか、そのお陰でどのくらいの過疎の町に箱物が建ったか、どのくらい儲かるか』を事細かく述べた後、締めくくりの言葉が総べてを語っている様に思うので、以下「原発への警鐘」講談社 より引用 「えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50年後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか‥‥。こいうふうに思っております。(会場、大拍手)」 この敦賀市長って、大馬鹿者!としか思えないけど、この後の大拍手はナンなんだ! 1983年と言えば、バブル真っ盛りの頃だけど、原発ってこの頃に何機も建設されたみたい。 今年の4月に行われた選挙では日本中の当選者の殆どが原発推進派だって事だけど、なんかさー、この発言程度の議員、リーダーがまた日本に溢れるって事なんだよ。 日本人が、お金儲にこれ程酷い情熱があるとは思わなかった。 お金儲けが悪い事だなんて私は思ってもいない、私だってそれなりに「儲」が欲しい。 お金持ちがいてくれないと、資本主義社会は成り立たない。 でも、健康よりも、子供や孫の行く末よりも、人はそれ程に今現在の「金」が欲しいって?? 日本人のお金に関する感覚って、相当におかしいんじゃない?? ミシンに座りながら、内職仕事をしながらーー私は思うんだけど、、。 こんな事を考える暇があったら、早く作れ!って声も聞こえそうだけどね、、。 画像;道端の菫。原発など考えずに見とれていた昨年は幸せだった、よね。 晩ご飯;野菜炒(キャベツ、ピーマン、人参、茸、アスパラ)メンチカツ(市販)、冷や奴(母)、フルーツサラダ、ラッキョ、大根の味噌汁 # by ppjunction | 2011-05-25 23:34
![]() 地震を機会に、整理整頓に精出す事がこのところの日課になってしまいました。 納戸に仕舞いこんだ段ボールを片っ端から引っぱり出して見れば、 まあ〜、あること、あること、母の衣類やら亡くなった父の遺品と言いますかーースーツなんて退職後は着る機会もないのに、寝込む間際まで毎年新調していたらしい。 それとバッグ!。そしてゴルフ道具でしょ、釣り、将棋、碁、ビデオ数知れずーー。 私が道楽者なのは、父の遺伝かもしれない。 しかし、である、人はある年齢に達したらある程度は身軽になってくれないと、なぁ〜。 まだまだ納戸にはある、大事に仕舞いこんである壊れたり使わない電気製品!!! オーブントースター、ミキサー2台、ジューサー、地震の時に思い出して欲しかったホットプレート、何故か?「お燗器?」。おまけに壊れたアンプ、ステレオスピーカー、掃除機、テレビまで仕舞ってある! 市の粗大ゴミ窓口へ、壊れた電気製品の事で電話しましたら、小型テレビの引き取り料金はナント!¥4、950なり! 捨てる粗大ゴミの合計金額¥8、300!! 皆様、これからの時代、電化製品を買う時はくれぐれも「最後」を考えて購入を! 大画面テレビや、大型冷蔵庫はこれからの廃棄料金を頭に置いてからにしよう! しかし、このガラクタだって買う時にはかなりの大枚を叩いた物なんでしょう、そう考えると我が家にお金が残ってないのもうなずけるか、、7本の男物の動かない腕時計なんて、、どうするの?。 晩ご飯;鳥肉の味噌漬焼き、ゴーヤチャンプル、漬け物、蕪の味噌汁 # by ppjunction | 2011-05-17 23:27
浜岡原発が稼動中止になった、ホッとしました。
原発反対!と私は叫びたいんだけど、、無い方が良いに決ってるジャンさ! でもあまりの知識の無さで、、正直なところ叫べない、、。 叫んだら、明日から5アンペアぐらいで暮らす覚悟をしなくちゃイカンよね、、。 覚悟だろうなあ〜 「電気製品を殆ど使わない生活の覚悟」が未だ私には無い。 さし当たって、アイロン、ミシン、電燈、これだけで5アンペアだろうね。 これが無いと仕事が出来ない、、、。 でも原発って? 知らなかった、わからない、では済まされない所迄、 日本は来ている事は確かですね。 大地震から2月経過した事になります。 私には半年ぐらい地震と暮らしている様な気分。 そろそろ避難所にも、市民にも精神的なストレスが蔓延している感じ。 連休中はボランティアが沢山被災地に来て下さった様で、全く頭が下がります。 皆さん、寝袋、食料も持参でーー地元なのに何も出来ない私はまことに腑甲斐無い。 せめてボランティア諸君に何かしてあげられないものかね、 仙台駅に仮設の宿泊可能な場所を作るとか、 大きなテントを公園に用意してやりたいな〜、 と言ってるのは 最近バッグを置かせて頂いている骨董屋の御亭主。 彼はバス会社と連係して、東京の学生ボランティアを募集したり、 働いてくれるボランティアのサポートをしたり、 持病があるのに自らあちこちの被災地を廻って手助けをしたり、 地震で不安性になった、近所の老人を家に泊め続けている、 とってもキトクな人なのよ。 そのため商売は殆ど留守。 何時も「出掛けてます」の看板が出ています。 ボランティアで働いてくれる若者や、自衛隊に何かの形で感謝をしたい、が どんな形が良いだろうーー今彼の最大の悩みです。 仙台市は何だかやる事がとっても遅い。 仮設住宅も歯がゆい状態だしー。 あの莫大な、皆様からの支援金は何処でどうなってるんだろう? ボランティアの皆様、本当にありがとう! 晩ご飯;鰺フライ、ポテトサラダ、千切りキャベツ、トマトのスープ # by ppjunction | 2011-05-14 00:02
![]() テキパキと頭も身体も作用していない。 朝起きても、ボーッとして、、。 ビンラディンという名前をぼんやり聞いていて、どっかで聞いた事があるけどー?? えッー!? あ!そうか ‥‥ 。 これでお終い、めでたし、めでたし なんて訳には行くもんかーーまた報復合戦が始まらなければ良いけどー。 この2ー3日は土足で歩き回っていた家の掃除に明け暮れて、納戸に仕舞いこんだ25年分のガラクタの整理に追われています。積み上げた箱類が地震で崩れて、戸が開かない状態でした。 整理するにはひと箱づつ開かなくちゃわからないでしょ、これが大変! 着古した洋服、古い家具、父の道楽品、壊れた電気製品まで積み上げて、ああーッ!! 捨てる私、止める母。 何時迄たっても片付かない家なんですよー。 今はね、母に「はい、はい、置いてきま〜す。」と調子よく答えて、 後でこっそりまだ使える電気製品(トースター、ホットプレート等)は知人の知り合い関係の、自力でアパートを借りて生活され始めた被災者へ、配達するつもりなのよ。古い流行遅れの衣服は、もちろん処分! 地震は又来るかも、って壁や棚の物は片ぱしから片付けて置いたのですが、 もう元の生活に戻らないと本当に落ち着かないのです。 花瓶なんて、もうー、割れるなら割れて良いよ! 被災者の方々をサポートされたい方から、どんな物をと聞かれますが、只今仮設住宅が市内に建設中です。皆様方から寄せられた支援金から、冷蔵庫、洗濯機等の大型電化製品、寝具は各戸に備えられるそうです。 これから必要になるのはシーツ類とか、でしょうかねー。 それぞれに支援金も分配される様です。 仙台市内の大型100円ショップでは、結構まともな食器類やフライパンまでも売っていますから、キッチン用品はそれで当座は間に合いそうな気がします。 画像はデパートで靴を買いたくて出掛け、何気なく買ってしまった版画。 古びた私の部屋の壁をナンとかしないと、とは常々思っていましたがー。 深く考える事なくその場で即買ってーー持って帰ってしまいました。 ドイツの作家(女性)さんの物らしい。 こんな雰囲気の具象画を買ったのは初めてかなー、東京ではストイックな抽象画ばかり集めていた。 きっと私の心のどこかで、こういう優しい雰囲気が欲しかったのかも知れません。 晩ご飯;鳥の蒸し焼き、新玉葱とトマトのサラダ、粉ふきいも、ミルク
何時の間にか、余震の中で桜は散ってしまいました。
通常の自分の生活に入ろうと、でも、何をしようかと迷っていたところ、タイミング良く注文をいただいたりして、それで手が慣れているMポーチから縫い始めています。 ネットの店もウッチャらかしてあったので、なんとかしなくちゃ、いけませんね。 ![]() 津波も地震もあったのか?って感じでしょ。 仙台市の殆どは、ライフラインも整い、こんなにのんびりした風景の中です。 でもあの津波は、河のこの辺より上流へも上ったそうです。 仙台市は相変わらず車社会で、最近はまた混雑し始めまています。 避難所廻りをしていて良く分った事は、ちょっと校外へ出るには車がないと何かと不便な所なんです。特に農村地帯。仙台平野の田圃道は整備された直線道路で、遠くに見える建物迄およそ徒歩20分の距離ですが、ただ歩くって、距離よりも直線道路の風景が全く変らないから何だか疲れますね。クネクネ曲った道路の方が楽しい。 道を教えてくれる人も「20分はありますよ〜。」って気の毒そうな顔をするしー。 徒歩20分て、私には苦にならないのですが、田圃道は遠いのよ。 でも、もしかすると東京人の方が毎日歩く距離は多いかも知れません。 地下鉄の乗り換え、JRから私鉄、階段に歩道橋、結構歩いてた。でもそれ程の距離とは思わなかったのは、周りの風景がそれぞれ違っていたからかも知れませんね。 (でも、平野の一本道を歩きながら、今地震、津波が来たらって!考えてゾーッとしたけどーー周りに高い建物は無いし、山も無い。遠くに見える学校が3階建だけど、走れるか?) そろそろ5月の休暇に突入ですね。 東北へ来られる予定の方、飛行機はいかが? 仙台空港は津波地帯の真只中にあります。 被災地は未だ立ち入り禁止区域であまり近くへ行けません。 お天気次第では、上空から松島方面の海岸線迄見渡せるそうです。 被災された方々には不謹慎かもしれないけど、御予定の無い方、新幹線も開通しましたし、 日帰りででも是非飛行機で東北へ! この現場を見て欲しいです。 晩ご飯;鮪のお刺身、野菜の炊きあわせ(蓮根、人参、牛蒡、椎茸、仙台麩、鳥肉、コンニャク)鳥レバーの生姜煮、蕪の味噌汁 # by ppjunction | 2011-04-27 23:21
昨日は仙台市の隣にある亘理市の海岸で被災された方が居る小学校と中学校へ、ポーチを持って廻りました。昼は人が少なくて両方の避難所で12、3人位の女の子にしか会えませんでしたが、ポーチを差し出すと一様にキョトンとして「いいんですか?」って聞くのよね。
「中にナプキンとハンカチが入ってるの」って言うとまた一様に「え!嬉しい、ありがとう!」ってこれも皆同じポーズで胸に抱いてくれるの。 そしてラベルに「ハンカチは○○市のxxさんからです。」って書いてありますから、それも読んでまた「へ〜、○○市なんだ!」って言うのよね。 残ったポーチ約10個はどうしよう、と思ったのですが、看護婦さんのボランティアさんが居たので、その方にこの件をお願いしたところ、「他の避難所も廻るので、喜んで配ります。」って事でした。 これでポーチプロジェクトの任務は終了させて戴きます。 これで約60数個は配り終えた事になります。でもほんのわずかで、、大海の一滴ですがー。 協力くださった皆様、本当にありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 話は変って、新聞の片隅に載ったニュースですが、ちょっと好い話なので。 仙台空港を物資輸送の拠点にしようと米国空軍の特殊部隊がパラシュートで瓦礫の山へ降り立った事を以前お知らせしました。 その後も仙台空港内の瓦礫を片付け、輸送機で救援物資1140トン、燃料5万7000リットルを運び、一帯の復旧作業にも部隊270人が従事したそうです。 そして空港任務を日本に引き継ぎ、3日に仙台空港より沖縄基地へ引き揚げました。 その離陸する飛行機の窓から、砂浜に瓦礫や津波で折れた木で作った「ARIGATO」の文字を見つけ、大変感動した事を軍の大佐がワシントンへ語ったそうです。 この文字は、地元の被災された自治体有志が、米軍へ感謝を込めて作られたそう。 現地に居ると、米軍の活躍があまりにもニュースにされないので、私は???と思っています。 民社党は米軍も自衛隊も認めたくないからね、何か報道規制されてるって感じがするのよ。 昔の知り合いが、数年振りに突然電話で「自衛隊は何もしてないんでしょ?」「仙台ってゴミの山なんでしょ?早く片付けたらいいのにね〜。米軍は何してんの?東京もさー、大変なのよ〜。」なんてムッとする様な事を平気で言う人なんだけど、私はちょうどポーチを配って、避難所を出た時でしたから「そんなことありません!宮城県の被災地ってのは、あなたが住んでる東京都墨田区全域以上の規模なんですよ!」と話すうちに腹が立つよりも情けなくって、悲しくなってしまった。 こんなに現地は大変なのに、こんなに皆ガンバッテるのに、、、。 晩ご飯;鰺の干物、肉じゃが、菜の花のお浸し、豆腐汁 # by ppjunction | 2011-04-21 23:42
仙台にも桜の開花予定が報道されるようになりました。
春ですね、やっぱり春は来るんですね。 今年の桜はちょっと悲しい。 ![]() 各々のハンカチにはお名前が付いています。 ご協力ありがとうございました。 ![]() 私が出掛けた避難所は、仙台市内って土地柄もあって、既に沢山の物資が山積み状態でした。 これを均等に配る人達の手作業も大変なんだと思います。 Aさん、Bさん、Cさん、へ公平に分けなくちゃいけません。 職員の方も大変、どんなに公平を守ってもクレームだらけでしょう。 未使用の電気毛布が家にあったので、お年寄りにと思って、また父の残したセーター類等も持って行ったのですが、仕切りの無い場所ですから、誰か一人に渡すってのも難しい問題なんです。 皆さん欲しいに決ってるジャン! ポーチだって、若い子に、って私の独断でお渡ししたのですがー。 結局、電気毛布は個室風な和室に居た1家族に、そっと渡して帰りましたが、これで良かったのか、心に違和感が残りました。 これから避難所を去り、自立して生活する方々が増えるでしょけど、何も無い人にとっては何もかも欲しい物だらけなんですよ。 近くのリサイクルショップの店先に、洗濯機や机が並んでいましたが、次の日には買手が付く程売れ行きは好調らしい。仙台市内で空アパートを探すのも大変とか、聞いてます。 今日、仙台空港が開通し、東京から第一便が到着しました。 空港の瓦礫を整備したのはあの空母に乗り組んでいた、米軍海兵隊のパラシュート部隊だそうで、飛び降りて場所を確保し、空から重機を降ろし、ブルトーザ−をその場で組み立て、あっと言う間に瓦礫を片付けて自衛隊が入る陸路を作ってくれたんだそうです。凄いね〜。 何でもっと報道されないんだろう? 米軍や自衛隊の迷彩服を見るとホッとして嬉しくなるのも、素直な本当の気持です。 母が市内のスーパーで、米軍の兵士がバナナとオレンジを山の様に買い込んでいたのを見たそう。 やっぱり会ったら嬉しくて握手したかった、とか。ナンデシナカッタノヨ、、。 番ご飯;炊き込みご飯、鮭の缶詰め、青菜と油揚げの煮浸し、佃煮、若布の味噌汁
今日でハンカチの募集を終了させて戴きます。
今日迄に6名の方々から各種約30枚のハンカチを頂戴いたしました。 皆様の御好意、感謝いたしております。 ありがとうございました。 昨日、今日と、3ケ所の避難所(荒町市民センター、若林区体育館、七ヶ浜市民センター)を廻りましたが、予想以上に予定していた年齢の女の子が少ないって事が分かってーー多分若い女性の多くは親戚等にお世話になっているのかもーーちょっと残念でしたが、それでも親子で避難された中学生や、初潮を迎えたばかりの小学生、幼児を抱えた若い女性の方々に28個程お配りする事ができました。 やはり中学生位の娘が一番喜んでくれましたかね。 「嬉しい、ありがとう。」の一言で地図を片手にテクテク行ったかいがありました。 実際に体育館等の避難所内を目の当たりにしてーーちょっと今何を書いたら良いのか分かりません。 自暴自棄風の子、虚脱系の子、元気に頑張る子、、色んな人生が始まるんだろうなあ〜。 カメラも持って行ったのですが、現場に着いたらカメラを向ける気は失せてしまいました。 被災所の学校も移動が始まり、せっかく行った先がもうすでに空っぽ、って場所もありました。 今迄戴いたハンカチはほぼ出払いましたが、まだ色々な方面からの戴く予定もあるので、これからは遠くの女川町、南三陸町が少し復興しましたら、ポーチを薬局等で買いに来た方に配ってもらえないか、そんな事も考えてみたいと思ってます。 御報告迄に。 晩ご飯;豚肉生姜焼き、もやしと豆苗の炒め、粉ふき芋、漬け物、 さや豌豆の味噌汁 ![]() 未使用のハンカチが箪笥に眠っていたら、一枚送っていただけませんか? 被災された少女達に贈るポーチを縫い始めました。 先日100円ショップへ床掃除のシートを買いに行って、被災された様子の母子に出会いました。 中学生位の少女がポーチを選んでいました。 そのショップには透明なポーチ袋しか置いてありません。 その子の選んでいる姿を夜中にフッと思い出して、 突如生地を広げ、ポーチを縫い始めました。 ポーチの中に生理用品とハンカチを入れて贈りたいのです。 生理ナプキンなんて!って言わないでね、 その辺の小母さんの気持は女性ならきっと判って頂けると思います。 出会った子が持っていたのは普通タオルでーーハンカチは買ってられないかもしれませんし、綺麗な物が欲しい年頃でしょうしー。 ちょっとした心づけに、私もハンカチを戴きます。 使わないで取って置いた物が2ー3枚はあるし、買っても良いのですが、 皆様の気持を入れられたら、それは素敵かな、と思いましてお願いします。 一枚で結構なんです。タオル地なら薄手の物が良いと思います。 1)住所は私の所(ポーチ ド ポッチの客樣は御存知かと思いますが、公開するのは問題が多いので一応メールを頂ければ、素っ気無い!メールで折り返しお返事します。oota@carrot.ocn.ne.jp) 2)ポーチに入れるメッセージがあれば是非同封して下さい。 もし無い場合でも例えば「これは東京都村山市の山田春子さんからです。」と書かせて頂きます。 今は好意の物資も避難所に大量に届いていると思いますが、受け取る側にとっては無記名な物よりも、遠くの街の実在の方から確かに贈られた事が判るのは嬉しい事、励みだと思うのです。 3)ポーチは私が直接避難所(バスか、徒歩で行ける場所に限りますが、ご了承下さい。)へ出向き、直接本人(中学生、高校生)に手渡します。 まとめて避難所へ送るのは、係の方々を混乱させてしまうので。 4)送料は御負担下さい。 5)一応4月10日をメドにお願い致します。 自分の事が落ち着くと、さて通常へ戻らなくちゃと思っても 何を縫ったら良いのか判らない昨今です。 やっぱり私は縫う事で何かできればと思います。 今日迄に出来上がったのは14、5個。 できるだけ可愛い感じにしたいのですが、時間の制約もあり、パッチワーク等手の混んだ仕事はできませんが、生地は沢山あるので裏地もできるだけ色を合わせて可愛く作りますね。 明日も頑張ります。 どーぞ宜しくお願いいたします。 晩ご飯;鮪のやまかけ、挽肉とキャベツのスープ煮(炊飯器活用)、青菜の味噌汁 # by ppjunction | 2011-04-04 00:01
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ポーチ ド ポッチ へ戻られる方はPCの画面から戻られるか、御面倒でも http://www13.ocn.ne.jp/~potchi/へアクセスしてください。 カテゴリ
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